タオルを取りに部室に戻ると、意外にも先客がいた。
「こんにちは。」
正直、少し面倒だと思ってしまったが。自分の彼女のお姉さんだ。無視するわけにはいかない。
・・・忍足先輩の方なら、遠慮なく無視したけどな。
「こんにちは。」
「どうしたの?」
「タオルを取りに来ただけです。」
「それぐらい、に言えばいいのに。なら喜んでやると思うよ?」
「マネージャーとしてやってもらいたいことがあるので。これぐらいは自分でやります。」
「そっか、日吉くんはのことを大事に思ってくれてるのね?」
・・・・・・こういうことを恥ずかしげもなく言ってくるから、この人たちは苦手だ。
だからこそ、あんな感じなのだろう、と普段の二人を思い浮かべ、ため息をつきたくなった。
忍足先輩相手なら、堂々とため息をつき、返事もしないところだが。・・・大体、あの人の場合、こういう発言にはからかい目的も入ってそうだからな。
ただ、先輩にそんなつもりはないだろうし、さっきも言った通り、無視するわけにはいかない。
「・・・・・・そうしたいとは思っています。」
「ありがとう。だから、日吉くんには、を任せられるのよね。」
「ありがとうございます。」
何とか返した言葉に、そんな言葉が返ってくるとは・・・・・・。
先輩からの返事を聞いた瞬間、反射的に礼を口にしていた。
・・・・・・仕方ないだろう。彼女の身内にそんな風に認められたら、舞い上がらないわけはない。
俺たちの普段の様子は、この人たちとは違うが、俺だって当然、のことを・・・・・・って、何を考えてるんだ、俺は。
「この後、部活は見に来られるんですか?」
完全に、いつもの調子ではなくなっていた俺は、そんなことを尋ねていた。
・・・いつもなら、話を広げたりはしないんだが。
そして、それにも予想外の答えが返ってきた。
「ううん、今日は終わるまで、ここにいる予定・・・って、もしかして、から聞いてない?」
「・・・・・・はい。」
「そうなんだ。実は、侑士と喧嘩中で、先に帰るって言っちゃったから。と一緒に帰ろうかなと思ってるんだけど・・・二人の邪魔よね?」
「いえ・・・・・・。」
「もそう言ってくれたんだけど・・・遠慮しなくていいからね?」
「大丈夫です。」
「ありがとう。・・・それじゃ、部活頑張ってね。」
「はい。失礼します。」
あの二人が喧嘩・・・それも確かに想像できなかったが、そんなことはどうでもいい。
先輩と三人で帰ることになったのも、がいいなら、俺はとやかく言うつもりはない。
・・・・・・だが。
「。」
「ん、何?」
部室を出た後、真っ先にの元へ向かい、問い詰める。
「なぜ先輩が来ていることを言わなかった?」
「日吉、部室に行ったの?」
「・・・ああ。タオルを取りに行った。」
「それぐらい私がやるのに。」
「それは既に先輩にも言われた。それより・・・なぜ言わなかったんだ?」
「日吉が部室に行く、って聞いてたら言うつもりだったけど?」
「お前、まだ先輩のことで俺を疑ってるんじゃないだろうな?」
「あー、そういうこと?違う違う。」
以前、忍足先輩が部を見に来た時、余計なことをしてくれたおかげで、の本心を聞くことができた。
・・・・・・結果的に、忍足先輩の手を借りるような形になったことが悔しい。
とにかく、その時に問題は解消できたと思っていたが、俺には今回のこともそれが起因しているように思えた。
「そりゃ、私は今でもお姉ちゃんが大好きで尊敬もしてるし、敵わないとかって思ってるけど。」
「思ってるんじゃねぇか。」
「でも、日吉のことは信じてるから。」
は特に変わらぬ様子で、あっさりと言ってのけた。
・・・・・・全く。姉妹で俺を喜ばせすぎだ。
「だから単に、わざわざ部活中に呼び止めてまで言う必要は無いかなって思っただけ。さっきも言ったけど、日吉が部室に行く時に伝えればいいかって思ってたから。」
「・・・そうか。」
「三人で一緒に帰るって話も、日吉なら許してくれるだろうと思ったし。あと、言っても無駄になる可能性もありそうだしね。」
「・・・・・・そうなのか?」
「もしかしたら、だけど。あと・・・・・・そうそう。お姉ちゃんには忍足先輩を入れないで、とも言われたけど。これに関しては、言わなくてもそうするでしょ?」
「それはそうだな。」
とりあえず納得した俺は、本来の目的のため、洗い場へ向かう。
その途中、忍足先輩に遭遇した。
「あ、日吉。・・・、来てへん?」
先輩が来ていることを隠してほしいとは言われていないが、事実は伝えない方がいいだろう。
「いえ、知りません。」
「そうか・・・・・・。ホンマに先、帰ってしもたんやろか・・・。とりあえず、ちょっと部室にいさせてもろてもええ?」
「お断りします。」
「相変わらずやな〜、日吉は。」
そう言った忍足先輩は、相変わらずではなく。どこか心ここに非ずという感じだった。
別に俺には関係ないが、放っておくのも余計に面倒そうだ。
「暇なら、後輩たちの相手でもしてもらえますか?」
「そんで、その言い方・・・・・・。まあ、ええわ。気分転換になるかもしれへんしな。」
「では、お願いします。」
そう言って、あらためて目的地へ向かい、顔を洗う。
・・・これを片付けるついでに伝えておくか。
タオルを置きに再び部室へ行くと、当然だが、まだ先輩がいた。
「――忍足先輩が来ましたよ。」
「・・・・・・そう。」
「今、コートにいると思うので、会いたくないのなら近付かないようにしてください。」
「・・・わかった、ありがとう。」
先輩も忍足先輩同様、無理に笑顔を浮かべているようだった。
面倒な人たちだな・・・・・・。
「・・・仲直り、しないんですか?」
「・・・・・・たぶん、近い内にするけど・・・ちょっと試したい、っていう気持ちもあるのよね。」
「試す・・・ですか?」
「侑士って、考えが読みにくいタイプでしょ?」
たしかに、忍足先輩はテニスでも、そういうタイプだ。展開を読む才があるからこそ、自身のプレイは読ませない。いわゆる、ポーカーフェイスと言うやつか。
「だから、たまに少し不安になることもあるの。私のこと、本当に好きなのかしら、って・・・。」
だが、俺からすれば、先輩たちの方がわかりやすい。
基本的に共に行動していることが多く、その距離感も近い。どう足掻いても、恋人同士の雰囲気にしか見えない。
一方俺たちは、付き合っていることも、ごく一部しか知らないぐらいだ。
・・・と俺は思うが、自分たち自身のことは、案外わからないものなのかもしれないな。
「侑士が仲直りしたいって思ってくれてることがわかれば、それを少しは確認できるから・・・・・・って、面倒臭い女でしょ?」
そうですね。と言いたいが、そう返すわけにもいかず、ただ黙って続きを聞いた。
「と言っても、本当に別れるようなことになるのは嫌だから、侑士の行動を待たずして、私から仲直りしたいって言い出すことも多いんだけどね。」
・・・・・・結局、惚気を聞かされただけだったな。
そんなことを思いながらコートに戻ると、ポーカーフェイスでも何でもない、暗い表情の忍足先輩が目に入った。
「何してるんですか。」
「・・・ああ、日吉か。みんなの相手しようかと思たんやけどな、俺が入り込む余地も無さそうやったし。」
と言うか、入り込む気力が無いだけだろ。
「だからって、その陰鬱な空気をまき散らすのは止めてください。」
「酷いなー、日吉。俺、そんな空気出してへんって。」
「自覚無いんですか?」
「・・・・・・そない酷い?」
自分では隠せているつもりらしい。そこまで、先輩とのことがショックなのか。
「・・・先輩と何かあったんですか?」
「いや、まあな・・・・・・ちょっと喧嘩してもうて・・・。今では俺が悪いって思てるんやけど・・・。」
仕方なく話を振ると、忍足先輩は事の顛末を話し始めた。
「些細なことでな、と自分の姉を比べてしもたんや。俺としては、そこには何の他意も無かったんやけど、ちょっと姉を褒めるような形になってたんや・・・。」
たしかに、それは先輩もいい気はしなかっただろう。
俺も、が同じようなことを言えば、少し嫌な気分になる。たとえ同性の姉妹であっても、だ。
忍足先輩の場合は、異性である姉・・・先輩が気にしてしまうのも無理はない。
「それで、がちょっと怒ったんやけど、俺がそないなことでとやかく言われたない、みたいなことを返してしもて・・・・・・この有り様や。」
そう言った後、忍足先輩は深くため息をついた。
・・・やはり俺には、この人の感情が読みにくいとは思えないが。
「でも、今は自分が悪いと考えているんですよね?」
「ああ。」
「だったら、謝ればいいじゃないですか。」
「そう思ってるんやけど、は帰ってしもたみたいやし・・・・・・。」
「連絡はしてみたんですか?」
「したけど、全然出てくれへんねん・・・・・・。ちゃんと直接、俺はのことを愛してるから、って説明して、謝りたいんやけど・・・・・・。」
・・・・・・何だ、結局、この人からも惚気を聞かされただけか。
「とにかく、ここにいられても邪魔なだけなので、部室にでも行っててください。」
「部室使うてええんか?」
「その代わり、一度入ったら、さっさと帰ってください。」
「それ、結局、使うなって言うてるようなもんやんか・・・。」
「あと、事情は俺から説明するので安心して帰ってください、とお伝えください。」
「・・・・・・そ、それって・・・まさか!?」
忍足先輩は少し考えた後、それだけ言って、部室の方へと走って行った。
・・・あの人のあんな必死な姿、初めて見たな。
には隙を見て話せばいいだろうと思っていたが、その前に、先輩たちがコートへやって来た。
さっきまで喧嘩していたとは思えないほど、いつも通りの二人だ。
「日吉、さっき言いそびれとったけど、おおきにな。」
「心配してもらったみたいで・・・ありがとう。」
別に心配はしていなかったが。とりあえず、会釈を返しておいた。
「ほな、約束通り、そろそろ帰るわ。」
「ええ、そうしてください。」
「ホンマ相変わらずやなぁ〜。」
そう言った忍足先輩は、相変わらずイラつく顔をしていた。
「・・・・・・二人とも、帰ったんだ?」
先輩たちの姿が見えなくなった時、こちらに駆け寄って来たがそう言った。
「そうみたいだな。」
「もしかして、日吉が何かしてくれた?」
「いや、別に。」
「・・・・・・そっか。それにしても、あの二人、喧嘩するほど仲が良いって言うか、何て言うか。」
そういえば、さっきもは、俺への報告が無駄になるかもしれない、などと言っていたな。
つまり、それほどまでに、よく喧嘩をしては、すぐに元に戻る、ということなのか?
俺としては、あまり険悪な二人を見たことは無かったが・・・・・・。姉妹だと、さすがに見る機会も多いのか。
「喧嘩して、仲直りする度、さらに仲良くなってるような気もするし。・・・・・・まあ、そんなこともなく、ただお姉ちゃんを困らせてるだけだったら、忍足先輩のこと許さないけど。」
相変わらず姉妹仲が良いことだ、と思うと同時に、に同情した。
そんなくだらないことに巻き込まれ・・・・・・まではしていなくとも、そう何度も目にしたり、耳にしたりするのは疲れるだろう。
少なくとも、俺は今日一日でそう感じた。
それなのに。
「日吉、昨日はおおきにな。」
翌日、またしても忍足先輩がやって来た。
「それを言いにわざわざ?随分とお暇なんですね。別に、礼を言われるようなことはしてませんから。どうぞ気にせず、さっさと帰ってください。」
「いやいや、それだけやないで。今日は何の日か知っとるか?」
「いえ、知りませんが・・・・・・。」
「鳳たちが何か言うてへんかったか?」
鳳たちが・・・・・・何か・・・・・・。
なるほど、思い出した。あまりにどうでもいいので、俺の頭からは削除していた用件だ。
鳳たちは何やら祝いをした方がいいのか、などと話していたが。
「誕生日、ですか。」
「大正解や。」
「なら、先輩と帰って、二人で過ごせばいいじゃないですか。」
「ええこと言うてくれるな〜、日吉。ほな、そうしよかな。」
「そうした方がいいですよ。だから、さっさと帰ってください。」
「けど、帰る前に言うことないん?」
「は?」
「いやいや、おめでとう、言うてくれてへんやんか。」
「・・・・・・それも、どうぞ先輩に言われてください。」
「もちろん、にはもう祝ってもろとるで?しかも、0時ちょうどにメールもくれたしな〜。そうやって昨日から、ずっと俺のこと考えてくれてたんや、って思うと、めっちゃ幸せやわ。」
緩み切った表情の忍足先輩から、また惚気を聞かされる羽目になった。
だから・・・・・・。
「それは良かったですね。では、俺は部活がありますので。さっさと帰ってください。」
「しゃーないな〜。ほな、またな。」
そうは言いつつも、忍足先輩は上機嫌で歩き出した。
俺もようやく部室に向かう。・・・・・・が、本当に帰ったんだろうな?と思い、途中で少し振り返ると、手を繋ぐ忍足先輩と先輩の後ろ姿が見えた。
「はぁ・・・・・・。」
先輩に教えたい。
貴女たちは、どこからどう見ても、疑いようも無く、互いを想い合っていますよ。
というわけで、忍足さん、お誕生日おめでとうございまーす!!
いやぁ〜、久々の忍足夢!・・・と言っても、日吉くんばっかり喋ってますが(笑)。
ちなみに、これは日吉夢『Cool』の後日談なんです。だから、日吉くんばっかり喋ってます(笑)。
当時からずっと書きたくて・・・・・・まさかの6年越!!自分でもビックリです!本当、遅筆だな・・・(苦笑)。
('14/10/15)